私のページ(仮)〜So,answer is nowhere〜

棺桶に生きる者達

第二話第二節:荒野の日々

―はぁ?どうしたらいいかわからない?

 自分で考えろ!っていつもなら言うけど。

 まぁ、とりあえずお姉さんに話してごらんなさい。

 人に自分の過去を話す。過去を認める第一歩じゃないかしら?

 今は無理でも、いつか、きっと…―





「気がついたか」

目を開けて見えたのは、見慣れた天井。そして、いつものように不機嫌そうな顔をしているリオン。

「もう三時半を過ぎたぞ。全く、いつまで寝ているつもりだ、お前は」

「はは、大佐がこき使うからですよ」

「無駄口をたたく余裕があるのなら、大丈夫…という訳にもいかなそうだな。

精神的に来たのか?それとも、『あれ』を使ったせいか?」

「まぁ、どっちも、ですかね」

カイルは自分の身体をゆっくりと起こし、辺りを見回す。

まるで入院している人のように、その動きは緩慢だった。

「あれ、中尉はどこですか?」

「新人のくせに仕事をサボるとはいい度胸だ」

何となく、リオンの言葉を理解したカイルは、心の中でリサに謝った。

「噂をすれば、だな」

だんだんと足音が近付いてくる。

「た、ただいま戻りました!」

バンッ、と乱暴にドアが開け放たれる。

そこには、息を切らせながら大量の荷物を抱えたリサが立っていた。

「遅い。たかがその程度の買い物に何時間かかってるんだ。気合いが足りんぞ」

「は、はい!申し訳ございません!」

カイルが倒れた後、リサはとりあえず部署に連絡を取り、病院に連れて行こうとしたが、

グリードに止められ、結局彼にカイルを迎えに来てもらった。

しかし、買い物の荷物をカイルと別れた場所に置いてきたことを思いだし、慌ててその場に戻ったが、

その荷物が残っているはずもなく、再び買い物に行かされる羽目になったという訳である。

「なんだか、どこかで見たような光景ですね…」

「あ、カ…じゃなくて、中尉、気がついてたんですか?」

せっせと荷物を片づけながらリサが言う。

「あの」

なんですか、と手を止めずに返事をする。

「階級が同じとはいえ、年下に敬語を使うのって疲れません?」

カイルの唐突な言葉に、リサはきょとんとした。

「ああ、すみません。中尉の質問。何歳ですかって」

ああ、と理解する。

「今年で十八です。まぁ、結構適当ですけど」

あまりにも意外な答えに、リサは目眩がしそうになった。

確かに、彼は子どものような面があるとは思っていた。

しかし、まさかつい先日まで三つも年下の少年が自分より上の階級にいたとは考えもしなかった。

そして、そうであるならばこの『棺桶』に送られてくるのも、無理はないと思った。

「…わかりました。それじゃあ、心おきなく名前で呼ばせてもらいます。

それと、私のことも名前で呼んでもらって結構ですよ。」

なんだか切ない気分になったリサだったが、自分の言いたいことがひとつ言えてうれしかった。

言いたいことが、ひとつ減ると、聞きたいことがひとつ増えた。

「あ、でも、カイル君、四年前にはもう軍にいたって」

「その辺は後にしろ」

カイルとリサはリオンの方を見る。

「そこで友情を深めるのは勝手だが、そろそろ何があったか話せ。二人の秘密にするつもりか?」

彼に不似合いな言葉に、二人は笑った。



「…とまぁ、私が知ってるのはこれくらいです」

リサは、自分が知っていることを事細かに話した。

「…カイル、お前から何か言うことはあるか?」

「…これは、僕の問題です。みんなを巻き込むつもりはありません」

「ほう、言うようになったな。

だがな、お前がしゃべらないのなら町をひっくり返してでも探し出して、そいつを切り捨てるぞ」

カイルは顔を上げリオンを見る。彼は、この男がやると言ったらやる男だと言うことをよく知っていた。

事実、リオンの顔は真剣だ。

はぁ、とカイルは長いため息をついた。

「…わかりました、お話しします。町をひっくり返されたらたまったもんじゃありませんから。

ですが、これだけは約束して下さい」

カイルの目が鋭くなる。

「決して、手は出さない、と」

ふん、とリオンは鼻で笑った。

「誰に口をきいている。安心しろ、話すなら手も足も出すつもりはない」

リサは、何となく、自分がここにいてはいけない気がしてきた。

荷物を中途半端に放っておくのは気が引けたが、ドアの方に体を向けた。

「どこに行く気だ、中尉」

リオンに呼ばれ、反射的に返事をして振り向いてしまう。

「あ、いえ、その…」

言葉に詰まる。リオンはため息をつく。

「ここまで首をつっこんだら、と言うよりも、だ。ここにいる以上、中尉にもおそらく関係のあることだろう。

カイル、最初から説明してやれ。どうしてお前がここにいるのかを、な」

その言葉は、カイルには届いていなかった。彼はただうつむいてある一点をぼーっと見つめていた。



―いつか、きっと―



(あの後、エリスさんはなんて言ったでしたっけ)

「カイル」

「あ、はい」

リオンに名前を呼ばれ、我に返る。

「やっぱり私、お邪魔ですかね。」

再びドアの方に体を向ける。

「待って下さい」

リサはまた、振り返る。

「…なんですか?」

―人に自分の過去を話す。過去を認める第一歩じゃないかしら?―

(エリスさん、僕は…)

ゆっくりと深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。

「中…アサダさんも…聞いて下さい。」

最後の方はうまく聞き取れなかったが、何となく意味を理解したリサは、近くに椅子を引き寄せ、座った。

(彼女は、本当の自分を知っても…

いや、考えるのはよそう。

大佐の言うとおり、これは、知らなくちゃならないこと。

ここ、『棺桶』で生きるために…)

「…さて、どこから話しましょうかね」



「それじゃぁ、まずここから西のことから。アサダさんはどれくらい知ってますか?」

「二十四年前の大規模な地震によって、地殻変動が起こり、完全に外の世界と分断されたって言う地域のことですか?」

「ご名答。地殻変動による大地の隆起や潮の流れや気候の変化、その他様々な要因で、山より向こう側とは完全に行き来、

連絡ともにできなくなった。おかげで中西部なんて言っておきながら、実質ここが最西端の部署なんですから」

「それで、その西とカイル君、どんな関係があるんですか?」

「いい所に気付きましたね、アサダさん。実を言うと、僕はそこで生まれたんですよ」

リサは目を丸くした。カイルは相変わらず無邪気に笑っている。

「で、でも、たった今行き来が無理だって」

「中尉、質問はあとでまとめてしろ」

遠く離れたところでリオンがリサの言葉を遮る。

「…続けますよ。外の世界と分断されたとはいえ、もともと西はかなり栄えていました。

だから、地震で荒れたとは言っても、衣食住についてはそれなりに何とかなっていたそうです。

けれども、人がそこから脱出できない事と、助けが来ない事に気付くのに、そんな長い時間はかかりませんでした」

ふう、と一旦話を切ってため息をつく。

「ちょっと例え話をしましょうか。とある小さな村で殺人事件が起こりました。犯人は捕まりません。

村人たちは次第に、隣人が犯人ではないのか、と思うようになっていきました。

何日も犯人が捕まらないままでいたある日、些細なことで口論となり、隣に犯人がいるかもしれない、

いつ殺されるかわからないというストレスと不信感が募っていたある村人は、相手を銃で撃ち殺してしまいました。

そのたった一発の銃弾が引き金となり、村人同士の殺し合いが始まってしまいました。

殺らなきゃ、殺られる、と。

…結局、その村は一夜にして滅んだそうです。」

どこかで聞いた話だ、と思いながらも、リサは自分の血の気が引いていくのを感じた。

「西だって同じ。食料がいつ尽きるかもわからない。

そういうストレスが溜まりに溜まって、隣人にさえ不信感を抱き始める。

そんな極限状態の中で、起きてしまったんですね、そういうことが。

それからというもの、西は争いの耐えない、荒野へと姿を変えてしまったんだそうです。」

どこか淋しげな、遠い目。今のカイルを表現するならば、それが一番合うだろうと、リサは思った。

カイルは目を瞑って再びため息をつく。

「とまぁ、ここまでは聞いた話なんですけどね。

ホントかどうかなんて当時生まれてもなかった僕には知りようもないことなんですけど」

そう言ったカイルの顔には再び無邪気な笑顔が浮かんでいた。

「それじゃ、予備知識はこれくらいにして、僕のことを話しましょうか。

といっても、僕は軍に入る前の数年、3〜4年ぐらい前からしか記憶ないんですけどね」

カイルは一度大きく深呼吸する。

「物心ついたときから、僕はあの荒野の中で親を無くした子どもたちを集めて、生活していました。

あんな状況下でも、やっぱり親は子どもを助けようとするんですかね。戦災孤児…そういう表現が、一番合ってると思います。

まぁ、集めて生活したと言っても、当時僕は十かそこらだったんで、できることは限られてましたけど。

食料と寝床の確保、それと病気とか怪我の治療。そして危険の回避。

幸いにも、子どもしか通れないような穴が図書館に通じていたので、知識の点では、さして困りませんでした。

…もう察したでしょうけど、その僕が連れていた子どもたちが、今あそこに住んでいる子どもたちです」

リサは、何となく理解した。あの家に住む子どもたちの絆の深さ。そして、あの力強さ。

「次は、今日会ったあの人…シェイドのことについて話しましょうか。彼女は、最初から僕らと一緒に居たわけじゃないんです。

と言っても、とてもロマンチックとは呼べない出会いでしたけど」

カイルは苦笑いをした。リサにはそれがとても痛々しく感じられた。

「ある日、僕が食料の調達のためにちょっとした山道を歩いていたとき、彼女が倒れていたんですよ。

随分とひどい傷を負っていました。普通の人なら身包みはいで捨てちゃうところでしたけど…なんだか放っておけなくて。

背負って寝床まで連れて行きました。その時まで女の人だって気付きませんでしたよ。

そして、熱心に治療すること数日、彼女は目を覚ましました。

最初は相手も警戒してましたけど、僕が子どもたちを集めて生活していると知ったら、警戒を解いてくれました。

それからというもの、逃げるだけだった僕らも、シェイドという仲間を得て、少しずつ、力をつけていきました。

…と言っても戦うのはほとんど彼女、時々僕って感じでしたけど。本当に強かったですよ、彼女は」

カイルは遠くを見るような目で床を見つめる。

「そんなある日、仲間の一人が言ったんですよ。『このチームの名前を決めよう』って。

何の影響か知りませんが、当時はそういう集まりに名前を付けるのが流行ってたようで。

それで、一晩中あーでもないこーでもないって言い争いしました」

目を瞑り、顔を上げ、ゆっくりと息を吐く。

「そんな中、またある一人が言ったんです。『このチームがあるのはカイルとシェイドのおかげだ』って。

そこで、カイル、K・I・L・Eとシェイド、S・H・E・I・Dを切ったり張ったりして…

結局できたのが、K・U・L・E・S・E・I・D、クルセイド、と。十字軍のCRUSADEにかけたらしいんですけど。

…とりあえず、ここで一区切りです。何か質問は?」

リサは口に手を当てて少し考える。そして気付いた。何となくカイルの過去はわかったが、

肝心な事―どうやってこちらに来たのか、何故軍にいるのか、何故かつての仲間と戦わなければならないのか―が何ひとつ語られていなかった。

きっと、それはこれから話してくれると思ったので、質問するのをやめた。

「いえ、特には。話、続けて」

リサの言葉に反応せず、カイルは相変わらず遠くを見るような目で床を見つめていた。

―ここまでは、誰にでも話せたこと。

 まだ、微笑ましい過去と、笑ってくれたこと。

 そして、ここからが。

 幾度となく、ためらった。でも、話した。

 ある人は冗談と笑い飛ばした。

 ある人は仕方のないことだと、同情した。

 誰も、自分を恐れなかった。

 けれど、本当の自分を見てしまった人は全て、自分を恐れた。

 大佐と、大尉と、あの人を除いて。

 本当の自分を知っても、彼女は自分を「仲間」と見てくれるだろうか。

 この、血にまみれた自分を…―

「カイル君?どうかしたの?昼のところが痛む?」

ふっと我に返ると、リサがカイルの顔を覗き込んでいた。

「大丈夫ですよ。鍛え方が違いますから」

カイルはそれを笑顔で返す。

「ちょっと嫌な話になりますけど、いいですか?」

ぎこちないながらも、うなずくリサ。

「アサダさんは…人を殺したことがありますか?」

一瞬、部屋に沈黙が流れる。

「…へ?」

思わず間の抜けたような声を出してしまう。そのくらい、カイルの質問は唐突だった。

「言ったままの意味ですよ。アサダさんは人を殺したことがありますか?そう言ったんです」

最早カイルの表情からは何も伺えなかった。彼の今の顔は、彼らしくない、まるで感情のこもらない無表情だった。

助けを求めようとリオンを見るが、眠ったように目を閉じていたため、それは無理だった。

「私は…人を撃ったことは、何度か。だけど、相手が死んだかどうかまでは、わからない…」

カイルから視線を外す。

「そう、ですか」

本人は何の気なしにその言葉を発しているのだろう。しかし、リサの胸には痛々しく突き刺さった。

部屋の中に沈黙が流れる。リサはその場から逃げ出したい気分だった。

「アサダさん」

カイルの急な言葉にびくっ、と顔を上げる。

「もうひとつ、質問です」

無表情のままのカイルを見る。

そのきれいな緑色の瞳が、わずかに青みを帯びているように感じたのは、果たしてリサの見間違いだったのだろうか。

「僕は人殺しです。僕のことが、怖くありませんか?」

カイルから視線を反らすことができなかった。

彼は、真剣だった。その言葉からは、冗談などと言うものは全く感じられなかった。

「…怖くは、ない。軍にいれば、時にはそういうことも」

「その頃はまだ、僕は西にいました」

「なら、なおさら」

「正当防衛とか、仲間を守るとか、そんなまともな事じゃないんですよ!」

びくっ、と、急に立ち上がり叫ぶカイルに驚く。

「僕は、僕の中には…人を殺すことをなんとも思わない、いや、人を殺すこと、

その血を浴びることが三度の飯より好きなような化け物がいるんですよ!

それでも、あなたは…」

カイルは最後まで言葉を続けられなかった。顔を両手で押さえて、肩を震わせていた。

その両手の間から雫が床に落ちる。

リサには考えられなかった。

彼がこんなにも感情を表に出すことも、

彼が、好きで殺しをするような人だということも。

「カイル君…」

必死に涙をこらえるカイルに触れようと手を伸ばす。

リサの伸ばした右手の指に、何かが触れた気がした。

手を返す。

皮が、数センチ切れていた。一滴の血もなしに。

視線をカイルに移す。いつの間にか、彼は顔を上げていた。

その瞳を、信じられないことに、青に染めて。

次の瞬間には、カイルはリサの視線から消えていた。

その時した鈍い音が、突如現れた影による音だと気付くのに、数秒を要した。

「た、大佐!何してるんですか!」

先ほどカイルが立っていた場所の少し右に、リオンが抜いた刀を持って立っていた。

「安心しろ、峰打ちだ。手加減もした」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「そこいら辺にしときな」

声の方を見ると、そこにグリードが壁によりかかって立っていた。

「大佐のしたことは間違っちゃない。少々、手荒ではあるけどな」

勢いをつけて壁から離れ、リサとリオンに近付く。

「どういうことですか、大尉!」

リサの混乱からくる怒りは収まらない。

「とりあえず、だ。まずこいつをちゃんとしたとこで寝させてやってくれ」

グリードの視線の先には倒れたカイルがいた。

グリードはひょいっと持ち上げ、ソファーに寝かせ、シーツをかけてやる。

カイルの寝顔はまるで泣き疲れて眠る子どもそのものだった。

「…で、中尉」

「名前で結構ですよ」

「そうか、じゃあ俺も名前でかまわねえぞ。でだ、リサ。このバカからどこまで聞いた?」

タバコに火をつけて、ソファーのカイルを指差す。グリードからは、普段のひょうひょうとした態度は伺えなかった。

「その前に、どうして大佐がカイル君を殴ったのか教えて下さい、グリードさん」

ふう、と誰もいない空間に煙を吐く。

「確かに、物事には順序ってものがあるな。

簡単なこった、ああしてなきゃ、下手すりゃ今ごろ君は血の海に溺れてたぜ」

リサはグリードの言葉が理解できなかった。そのせいで、ますます苛立ちが増す。

「グリード、中尉はまだ何も知らん。飛躍しすぎだ」

気が付けば刀を鞘に戻し、ケースに入れているリオンの姿が、そこにはあった。

彼の行動には、相変わらず気配を感じられない。

「そう、か。COLORS(カラーズ)のことだけならまだいいが…ここで話すにゃ、ちょいと気が引けるな」

グリードは半ば睨むような眼差しでリサを見る。

「リサ、今、君にはふたつの道がある。ここで生きてくために必要なことだけを聞くのと、

それプラスこいつの抱えてるもんを聞くの、どっちを選ぶ?」

言っていることは、わからなかった。でも、ここが転換点であると、リサは感じた。

自分には、知る権利…いや、知る義務がある。リサは、そう感じた。

「もちろん、両方、聞きます」

グリードの眼差しに負けないよう、しっかりと目を見て言う。

グリードは一旦視線を外し、再び煙を吐く。

「…わかった。ただし」

さっき以上の眼光でリサを見る。

「こいつを直視できなくなっても、俺は保証できねえからな。その覚悟があるなら、ついてこい」

グリード、リオン、リサの順に、部屋を後にした。

残された少年は、静かに眠り続けた。

リサが部屋を出て行くときにかけた声が、彼に届いたかは、定かではない。

「私は君の事、怖くなんかないから…」


第三節に続く
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