賞金稼ぎ。それが職業と呼べるのかどうか疑問であるけど、私の職業だ。 国は『こちら側』では復興を進める一方、軍を用いて非人道的行為を行ったり、復興の妨げとなったりする者たちを取り締まっている。 しかし、平和の中に生きてきた方々には、この過酷な環境で生きてきた強者を捕まえるのは随分と骨が折れるらしく、 時には返り討ちにさえされている。 そこで、お偉いさんは考えた。「毒を以て毒を制す」方法を。 つまり、いわゆる「悪人」の首に賞金をかけ、同じ環境で生きる者に捕まえさせる、というものだ。 ここで重要な事は、「生かして捕まえる事」。例え芽を摘み取っても、根が残っていれば何の意味もない。 だから「生け捕り」して、そこから情報を得、より大物を捕まえる。そういう考えだそうだ。故に、殺してしまっては賞金が出ない。 「殺す」ことと「生け捕る」ことでは、かなり意味が違ってくる。 「殺す」だけなら、極論誰にだってできる。手段はそれこそ無限だ。 建物ごと吹っ飛ばすなり、堂々と正面から撃つ、刺す、殴るなりすればいい。 だけど「生け捕る」となると、まず相手の致命傷を避けなければならない。 つまりは手加減をしなければならなく、かつ、その手加減が効果的なものでなければならない。 賞金がかかる程の相手にそれを間違えば、結果は目に見えている。 しかしまぁ、私はその条件に関してはある意味最も適していると言える。 この仕事は数年前から始めたことではあるけど、いつの間にか名が知れてしまった。 そしていつしか、私は『紫電のアレキサンドライト』と呼ばれるようになった。 もっとも、その私の姿を見た者など、それこそ捕まえられた者たちだけだろうけど。
夜になった。 私は今、服を着替えて工具箱片手に例の建物の前にいる。 着ているのは一見作業用つなぎであるけど、素材は防刃繊維、胴体部分は内側に防弾加工がされている優れものだ。 ついでに帽子も被っていて、外見はどこかの作業員にしか見えないだろう。 ちなみに工具箱の中には、正しい使われ方をされない不幸な工具たちが入っている。 「ごめん下さい」 堂々と正面の扉を叩く。 「はいはい、なんだ」 面倒くさそうに男が出てくる。 「どうも。夜分失礼ですが、この建物に電気系統の異常が確認されたので、点検に来たのですが」 無論、嘘だ。いや、これから起きるのであれば、まんざら嘘でもないか。 「なに!?そいつはやばいな。急いでやってくれ」 賞金首、つまり彼らのボスが隠れてこの状況で、停電など正に命取りだ。故に、彼は断ることができない。 我ながら悪質な手口ではあるけど。 男に案内されるまま、建物の中へ入っていく。 この建物は三階建て、地下室はない。となると、構造的に三階の一番奥の部屋が怪しい。 一階には何人か人がいたが、流石にお目当ての人は見つからない。 「電気の管理をしているのはここだ。さっさとやってくれ」 一階の一番奥の部屋にやってきた。 さて、どうしたものか、と考える。 男は扉の前で私の動きを見張っている。随分と仕事熱心な男だ。とりあえず点検するふりをしながら、これからどうするかを考える。 男は銃くらい持っているだろうが、ここで電気をつぶしてしまえば問題はないだろう。暗闇を歩くのも、私にとってはさほど問題にはならない。 問題は、ここをつぶし、ボスを捕まえた後、どうやって脱出するか、の一点だ。ボスを人質にしても、無事にここを出られるかは五分五分だろう。 となると、目につく全員に気絶してもらうのが最良か。 ガシャン タイミングをうかがっていたら、遠くの方で物騒な物音がした。 「おい、危ないから、お前はここで大人しく仕事してろよ」 男が部屋から急いで出て行く。銃声が聞こえる。 どうやらタイラーを狙っていたのは私だけではないらしい。急がなければならない。 「…ここは混乱に乗じるとしよう」 ここで電気をつぶすのは上策ではない。「私は彼らの仲間です」と言っているようなものだ。 同業者であって仲間ではない。むしろ敵だ。 ここは善良な作業員を演じて、さりげなくタイラーに危険を知らせに行くふりをして、捕まえるのが吉か。 そう心に決めて、ドアノブに手をかけ、部屋から出た。 バチッ 「っ…」 全身に衝撃が駆けめぐるのを感じた。意識が遠くなる。まさか、そんな物で― ドアの脇には、スタンガンを持って、さっきの男が立っていた。 まったく、私が善良な一般市民だったらどうするつもりなんだ、こいつは。 心の中で悪態をついてみるが、体は自由を失っていった。
「ん…」 「なんだ、もう目が覚めたのか、嬢ちゃん」 目を覚ますと、私はどこかの一室にいた。 まだ少し意識がぼーっとしている。両腕を縛られて、椅子に括り付けられている。どうやら服の内側の防弾チョッキは外されたようだ。 「大方、嬢ちゃんも賞金目当てでうちのボスを狙いに来たんだろうけど、残念だったな。少しうちを甘く見てただろ」 何だ、もう私は賞金稼ぎ扱いか。まぁ、作業員は防弾チョッキなんて身につけないだろうし、正体がばれても無理はないか。 しかしまぁ、まったくその通りだ。 防刃防弾は考えていたが、隙間にスタンガンを浴びせられるとは考えもしていなかった。 「さて、聞きたい事がいくつかある。俺も手荒な真似はしたくないんだ。だから、正直に答えて欲しい。嬢ちゃんは誰かと組んでるのかい?」 とりあえず、ここに目的の人物がいるのは確認できた。もう少し聞き出そうと頭を回す。 「さっきの連中とは、私は関係ない」 「ああ、あいつらは全員とっちめて外に捨ててきた。あいつらは嬢ちゃんのことなんて知らなかったからな」 そうか、さっきの連中はもうリタイヤか。もうちょっと頑張って欲しかったのだけど。 「私はただ、お金が必要だった。そんな時に、ここに賞金首の人が入って行くのが見えた。 そして、この建物の三階、一番奥の部屋にいるって突き止めた」 「…大したもんだ、そこまで調べるなんて」 はったりだったのだけど、これで推測は確信に変わった。 後はどうやってそこまで至るか、だ。 「…わかった。聞きたいのはそれだけだ」 男はスタンガンを取り出し、なにやら調整をしている。 「少し痛いと思うが、我慢してくれ。目が覚める頃には、多分安全な場所にいるからな。もうこんな危ないことはやめろよ」 随分と優しいことだ。てっきり散々拷問された挙げ句、何処かに売り飛ばされると思っていたのだけど。変に拍子抜けしてしまう。 段々とスタンガンが体に近付いてくる。 さっきは油断して不意打ちをくらったが、こんな当たるところが見えるようでは遅れは取らない。
―頭を、ノイズが駆け回る。
駆け回るノイズを無視して、私は意識を集中した。 バチッ 「…痛い」
―スイッチが、入った。
男が何か反応を示すより早く、相手の鼻に歯を立てた。 バチッ たっぷりと三秒は流した。 私が歯を放すと、男はがっくりと膝を折って、そのまま床に倒れ込んだ。
『アレキサンドライト』という宝石がある。 その宝石は不思議なことに、太陽の光の下では緑に輝き、電気の下では赤く輝くと言う。 ところで、私は普段は緑っぽい瞳の色をしている。 しかし、今のように力―ある程度自分の意志で発電・放電ができる能力―を使うため、自分にスイッチを入れた時、私の瞳は赤に染まるという。 誰が言ったかは知らない。でも、いつからか、私はこう呼ばれた。
『紫電のアレキサンドライト』と。
男は完全にのびている。例え目を覚ましてもしばらくは放心状態が続くだろう。 予想外にいい人だったので少し躊躇ったが、先に食らわせたのはそっちだということで許して欲しい。命に別状はないだろうし。 「…ん。さてと、こいつをどうするか」 頭の中でスイッチを切る。流石に長時間過剰な電流を流すのは体に毒だ。 男に関してはもう問題ないが、この必要以上に椅子に固定された両腕をどうするか。 「はぁ。仕方ない、痛いの覚悟で手首を外すか」 うまくはまるかは運次第だけど、いつまでもここにいるわけにはいかない。 覚悟を決めて右手で左手を掴んだ。 ガチャ 「すみませーん…あ」 突然の来訪者と目があった。 ふたりの間で時間だけが流れていく。 まぁ、来訪者と言うのは、私が今最も会いたくない人物―つまりは、修理屋さんの彼だったのだけど。 「…何も言わずに、手のロープをほどいてくれると嬉しい。できれば、私に触らないで」 まったくもって図々しい注文だったけど、このまま互いに見つめ合っていたら夜が明けそうだった。 「あ…わかった」 工具箱から大きいはさみを取り出して、器用にロープを切断していく。 ようやく自由になれた。体の動きを確認する。 うん、特に問題はない。 「ありがとう…でも、どうしてあなたがここにいるの?」 「僕?いや、今さっき電気会社から電話があって。何でも町の数カ所で電気系統に異常があったらしくて、助っ人に呼ばれたってわけ。 でも、ここの人誰も出てこなくてね。適当に歩いてたら、偶然人の気配がしたから、入ってきた、と」 …ついさっき私が同じような事を言った気がするのは気のせいだろうか。 「そういう君こそ、どうしてこんな所で縛られてたの?」 なんだか彼の口調が今朝よりも随分気さくになっているのも、私の気のせいだろうか。 こっちは居たたまれなくて、今すぐにでも走って彼の前から消え去りたいというのに。 「…そんな事より、早くここから出た方がいいわ。ここには」 「ここには賞金首のロベルト・タイラーがいる、から?」 完全に不意打ちだ。驚きのあまり声も出ない。 「…わかっているなら、どうしてこんな所に…ああ、もうそんな事はどうでもいい。さっさと出て行って、迷惑だから」 感情が表に出る。怒りにまかせて彼の服を掴み、有無を言わせず部屋から引っ張り出す。
突然。ふっ、と、建物の中から一切の明かりが消滅した。
「…どうやら最悪のシナリオに入ったみたい」 ズドン 遠くで銃撃の音。 ここは二階らしい。階段を昇って誰かが近付いてくる音が聞こえる。 「こっち!」 彼の状態なんて構わず、別な部屋まで引きずって行き、その部屋の中に身を潜めた。 幸い、ここには人はいないのがわかっていた。 「とりあえず、落ち着くまでここに隠れるわ」 ドアを挟んで両側に座る。 遠くでは、激しい闘争の音が聞こえる。 「賞金稼ぎかな、この感じだと」 「ええ、恐らくね」 「随分と人気者だね、タイラーは」 「ある意味ね。まぁ、そんな人気は本人もごめんだろうけど。…ねぇ」 「ん、何?」 こんな暗闇でも彼の事はよく見える。 私は夜の方が調子がいい。間違っても目に暗視スコープなんか内蔵されていないと断っておく。 「どうしてそう平然と…と言うか、前以上に気さくに話せるの?」 自分の疑問を素直に口にする。さっきから、それが引っかかっていた。 「んー…まぁ、流石に今朝のあれは驚いたね。突き飛ばされてよろけたところに、すかさず前蹴りだからね」 どうして平然と言うのだろう、彼は。 私はほぼ無意識だったとはいえ、穴があったら入りたい気分なのに。 「でもね。おかげで引っかかってたものが、ようやく思い出せたんだ」 彼に私は捉えられてはいないだろうけど、彼は私の方を向いた。 「ずっと昔にさ。お互いがまだちっちゃかった頃だけど。僕ら、会った事があるんだよ。覚えてる?」
―何を。何を言っているのだろう、彼は。私はあなたの事なんて 頭にノイズが 「ほら、あそこの■■でさ」 写■の少年 ■■■■じさん 「君が持ってた■■オを貸してって頼んだら」 ■を流れて倒れる■さん 「結局、今朝みたいに■り■ば■れてさ」 ■イ■さっテクる■ 「■■■、■■■」
―もう限界だ。 頭が、壊れる―
「やめて!」 私は自分でも驚く程大きな声で叫んでいた。 その声もすぐに闇に消えていき、音は遠くの闘争の音しかしなくなった。 心臓が動悸する。体中から冷や汗が吹き出している。 彼の言っている事はほとんど聞き取れなかった。 ただ、頭を駆けるノイズと、一気に流れ込んできた映像で気が狂いそうだった。 「ごめん、大丈夫?」 心配そうな面持ちで彼が私の顔に手を伸ばす。 「私に触らないで!」 駄目だ、今少しでも触られたら自分を保つ自信がない。 力一杯拒絶の意志を伝え、彼から離れる。 「…ごめん、駄目なの。今触られたら、あなたを殺すかもしれない」 彼は悲しそうな顔をして、大人しく手を引っ込めた。
ふたりの間に、沈黙が流れた。遠くの音はまだやまない。
「昔さ」 「え?」 「昔。そう言ったってまだせいぜい五年しか経ってないのだけど」 「その、五年前に?」 「…目の前で父さんを殺された」 「えっ…」 「そして、私は父さんを殺した男に犯されかけた」 「…」 「でも未遂。きっと父さんが、今際の際にぶっ殺してくれたんだと思う」 「あっ…」 「…だけど、それから。 人が怖くなったのも、人に、特に男の人に触られることが怖くなったのも、記憶が穴だらけになったのも、ノイズが走るようになったのも。 …こんな力が使えるようになったのも」 さっきからノイズは頭を駆けっぱなしだ。だからスイッチを入れなくても力が使えた。 彼に見えるように親指と人差し指の間で放電する。パチパチ、と火花が散っている。
また、ふたりの間に沈黙が流れる。
どれだけ時間が経っただろうか。ようやく遠くの音が止んだようだ。 「…ごめん、ちょっとおしゃべりが過ぎたわね」 私は立ち上がり、彼の服を引っ張って立ち上がらせる。 「悪いけど、私は今、あなたを思い出す事はできない。こればっかりはどうしようもないの。許して」 扉を開ける。近くに人の気配はない。 「私はこれからタイラーの所へ行く。…もう後の祭りかもしれないけど。 あなたは隙を見て逃げなさい。流石に無抵抗の一般人を撃つような真似はしないと思うから」 しっかりと彼を見つめる。 「あなたは、こっちに来ては駄目。あなたはまっとうな人間よ。きっとみんなにも信頼されているわ。…だから、こっちに来ては駄目」 「でも」 とん、と彼を突き放す。 「今日の事は忘れなさい。見た事も、聞いた事も。…帰って寝れば、明日からは普通通りだから」 彼は何か言いたそうだった。だけど、何を言ったらいいのかわからない。そんな様子だった。 私はできる限り優しく微笑んで言った。 「さようなら。明日にはラジオを取りに行くつもりだから、よろしく」 ―それが、訣別の言葉。 何か口にした彼を無視して、私は三階、一番奥の部屋を目指した。
廊下を走る。予想以上に廊下が長かった。 電気はまだ復旧していないけど、走ってきた道に何人も人が倒れていたのが見えた。傷の手当てや生死の確認なんてする気も起きなかった。 ただ、血まみれで倒れている人を見るたび、感じるのは嫌悪や不快だった。それはノイズが走るからだというのは言うまでもない。 …どうやら私は血を見るのも嫌いらしい。今わかったことだけど。 思うに、侵入者は組織的なものだ。そうでもなければただの化け物だ。この短時間で三十以上の大人を再起不能にするなんて。 ヒュン などと言っていたら、早速これだ。 暗闇に紛れた不意打ち。わざわざ暗視スコープなんていい物使っているのなら、素直に銃で撃てばいいのに。 ヒュ ガッ バチッ あまりにも見え見えだったから、鈍器を受け止めて直に通電した。 情けなくうめき声を上げ、倒れ込む。 痙攣してビクッ、と動くのが気持ち悪かったので、鳩尾に思いっきり蹴りを食らわせてやった。 ズドン 銃弾が顔の脇を通り過ぎていく。 リクエストに応えてくれたのは嬉しいけど、姿が丸見えだよ、あんた。 さらに二発弾丸が飛んでくるのを難なくかわし、わざわざ銃を掴んで通電。 さっきは鳩尾だったので今度は倒れたところで顔面を蹴り飛ばした。 ダダダ 今度は何人かが陣形を組んで私を狙ってきたらしい。 いい加減、面倒になってきた。両手を胸の前で合わせる。 バチバチバチッ 聞くに堪えない悲鳴が聞こえてくる。 暗視スコープという物は、簡単に言ってしまえば、暗闇でも視界を確保するために、わずかな光をかき集める装置だ。 故に、今両手でスパークさせたような強烈な光を直視すると、目がいかれるそうだ。本当は閃光弾でやるらしいけど。 見えなくなった目で必死に敵を探しているけど、あんたの目の前だよ。 ガッ ゴッ グシャ 殴る、蹴る、踏む。そのどれもに電撃がプラスされている。 それでも、連中はまだまだ懲りずに私に襲いかかってくる。 三の次はたくさんだから、数えていない。 どうやって倒したかさえも記憶にない。 ふと、振り返って見る。 私に危害を加えようとした者は誰ひとりとして、筋肉の反射以外に動こうとはしなくなった。 「あぁ、マリ、あんたの言う通りかもね。いつからこんな不良娘になったのかな、私」 自然と、口から笑い声がもれる。笑いでもしなければやっていられない。 どうして今日に限って、私はこんなにも凶暴で、暴力的で、無慈悲な人になっているのだろう。 まったく、誰に似たのだろうか。 もう「力」を使うのにスイッチなど必要ない。 頭の中を支配するのはノイズ。 心を支配するのは暴力。 この身にあるのは紫電の雷のみ。 これだけが、今の私の全てだった。 ズドン 銃声が遠くで聞こえた。 ズドン、ズドン、ズドン 聞こえたのは四発分。それと同時に倒れる音が四つ。どうやらタイラーは随分と腕が立つらしい。 「ま、そんなことどうでもいいや」 そんな些末な事はどうでもよかった。
―今の私は誰にだって負けない。触れられるなら、例え神でも殺せる―
そんな錯覚が頭をよぎった。 「まったく、何を考えているの、紫電のアレキサンドライト。あんたは一度だって、神なんて信じたこともないくせに」 そして私は、最後の部屋のドアを開けた。
部屋の中には男が四人倒れていた。 五メートル程離れた正面に、唯一意識のある男が立っている。 確認するまでもなく、それはタイラーだった。 「随分と腕が立つみたいね、タイラーさん」 そう言う私は、随分と気分が高揚しているみたいだ。これから■す そう言う私は、随分と気分が高揚しているみたいだ。これから捕まえる相手に話しかけるなんて今までなかった。 丁寧にドアまで閉めているし。 相手は銃を構えた。 明かりなんかなくてもよく見える。六連発式のリボルバー。さっき四発撃ったから、残りは一、いや二発だ。 もっとも、そこから撃ったところで、今の私なら撃った後に動いてもかわせる自信があるけど。
―何処かで、あの■を見た事 殺す相手の■の事なんて考えないでいい
「さて、どうするの?その銃でこいつらみたいに私を撃つ?」 私が相手を挑発している。まるで自分が自分じゃな 何を言っている、私は私だ。 カチリ、と相手がハンマーを引く音が聞こえた。 撃ってきたらそれをかわして反撃に移ろう。
手加減なんて必要ない、■ぬだけ流して 殺すといけないから手加減して電撃 あいつを■したらその後は教会のやつでも■しに あいつを捕まえたら教会で久しぶりにパーティーでもしようかな あいつらの■しそうな顔が頭に浮かぶ みんなの喜ぶ顔が頭に浮かぶ 好きなだけ■を、■して構わないさ。これは、私の■。私の紫電。 ■を、そんな風に使ってはいけない
―誰だ、こんな気分がいいのにごちゃごちゃうるさい奴は。
「あぁ、もう考えるのも面倒だ」 もう考えるのは止めだ。後はただ、あいつに電撃を食らわして気絶させ もう考えるのは止めだ。後はただ、あいつに電撃を食らわして■すだけ どう転んでも、次が最後の一瞬。空気が凍り付く。 バンッ それは銃声なんかじゃなく、乱暴にドアが開け放たれる音。 「待って!早まっちゃ駄」 ズドン 何度も迷惑をかけた彼の言 どこかの知らないやつの言葉は、銃声にかき消された。 後は弾丸をかわして■すだけ 弾丸をかわしたら彼に当たる、彼が■ぬ あの少年の、約束
―そんなの、嫌だ
「…え?何、が」 誰かが声を上げている。 その声もノイズにかき消される。 どうやら私は左手に工具を握っているらしい。 らしい、と言うのは、もう自分の体がひどく曖昧だからだ。 銃弾は無理矢理軌道を曲げられ、私の服の左袖をかすめ、彼には当たらず壁に突き刺さったはず。 彼の倒れた音がしないのだから、そのはずだ。 限界速度を超えて電気を工具に回した、いわゆる電磁石、と言うやつで。 もう撃たれる事に心配はない。 躊躇うことなく相手の目の前まで跳躍し、私は男を床に叩きつけ、その首元に工具を突きつけた。
―だって、その■は、五発しか弾が入らないのを知っていたから。
ちょうどタイミングを見計らったかのように、建物は命を吹き返した。
流石に暗い部屋が急に明るくなると、慣れるのに時間がかかる。 男の上に乗り、工具を首に突きつけた手は動かさない。 誰もが明かりに目が慣れる頃、私は初めてその男の顔を直視した。
―…でもさぁ、エル。この人どっかで見たことない? 知らない、私はこんな奴は知らない。 第一、この人はロベルト・タイラーなんて名前じゃない―
「お前は…エル、か?」 男が口を開いた。工具を持つ手に力がこもる。 「私をエルと呼ばないで!そう呼んでいいのは父さんと、マリと、マリ、と…?」
―誰だ、あとひとり、とても大切な人がいたはずなのに。 どうして思い出せないの?どうしてさっきから。 私の頭は、こんなにも、ノイズだらけなの―
―もう、限界だった。
頭が割れる、頭がおかしくなる、頭が壊れる、頭がいかれる
バチッ 「ああ!」
―私は頭を押さえ転げ回っているらしい。 ノイズが私の頭をかき回していて 何もわからない ノイズの音だけが耳に響いていて 何も聞こえない ノイズが視界すらも浸食して 何も見えない 誰かが何かを叫んでいても、鼓膜が振動するだけ。 目の前で何かをしていても、網膜に像が映るだけ。 ただ脳に信号が送られるだけ―
ノイズの激しさは増すばかり。 それに呼応して、体中を電気が駆けめぐる感覚がある…おいおい、随分頑張ってるな、私。 そんなに流したら、いくら何でも死ぬよ? いや…もういいのか。どうせ私はもう助からない、か。 …そういえば昔、同じような事があった気がする。 きっとあの時、父さんを殺され、犯されかけたあの時だ。 その時も、こんな風に頭がおかしくなって、電気がめちゃくちゃに体中を駆け回って。
―思えば。私はあの時に。とっくの昔に。人並み(幸せ)に生きられない程に、壊れていたんだ―
「駄目だ!」 ガバッ ノイズを突き破って声が聞こえた。 私はどうやら抱きしめられているらしい。 振り払わないと。突き飛ばさないと。このままじゃ駄目。 バチッ 「っ…!」 電撃を自身から溢れ出す程に流す。私も体がおかしくなるくらい。 それでもその人は放してくれない。 私、このままじゃ犯されるのかな。 バチッバチッバチッ 「がっ…ぐ」 …いい加減にしてくれないかな。 私、人に触られるのが嫌いなの。怖い。 それに、こうやって体に電撃を流すのだって苦しいんだから。 「や…めるんだ…■■■ちゃん」 ちゃん?私の事を呼んでいるのだろうか。この年になって、ちゃん付けですか。 前にも言ったじゃない、ちゃん付けはやめてって。 「馬鹿…呼び捨て、で…いいって、言った、じゃな、い。そんな、こと、も…忘れた、の?」 私の意地に賭けて、それは言わなきゃいけないと思った。 「馬鹿はどっちだよ!やめろって言ってるのがわからないのか!…この馬鹿シエル!」 …何だろう。どこか懐かしくて、暖かいような気がした。 「失礼、ね。…馬、鹿は、あんたひ、とりで、十分だよ…アルベルト」 「えっ?」 今度は後ろから抱きしめられた。 …あぁ、この感覚には覚えがある。 あの時も、私はこうやって繋ぎ止めてもらったんだ。 ただ泣き叫び、己が身を壊す紫電をまき散らすしかできなかったあの時、ただ抱きしめてくれた人。 私がエルと呼ぶ事を認めた最後のひとり。 すぅ、っと、体から電撃が消える。 同時に私は立ち膝すら維持できず、目の前の少年に体を預ける事になった。 「ごめんなさい、アレクおじさん…それにアルベルト。もう大丈夫」 ノイズの向こう側で、いろんなものが見えた。 全て思い出したわけじゃないけど…大切なものは掴んできた。 ふっ、と、視界が暗転する。私の世界は暗闇に包まれた。 「あれ…何も、見えないや…」 かろうじて、ものの輪郭がぼーっと見えるだけだった。 ただ、アルベルトに抱きかかえられているのはわかった。 今はいつもの恐怖はない。むしろ、その暖かさに心地よささえ感じていた。 「おそらく『力』の反動だ、しばらくすれば元に戻るだろう。…とりあえずここから離れた方がいいな、また私を狙いに来るものが」 「その心配はありません」 三人が一斉に声のした方に顔を向けた。 足音からするに、声の主以外にも何人もの人間がこの部屋に入ってきたようだ。 もっとも、私にははっきりとはその姿を捉えられないのだけど。 「…一体それはどういう意味だ?それに、軍の方々がわざわざ何用だ?」 アレクおじさんが私とアルベルトを庇うように前に出る。 「初めまして。この度、臨時ではありますが、この地域の担当責任者に就任しました、エメロード中佐と申します。 ロベルト・タイラー殿…それとも、アレクサンダー殿と呼んだ方がよろしいかしら?」 「将校殿が私の本名を知っているとは光栄だな。もう呼ばれる事など想像だにしていなかったのだが」 「ええ。調べるのに随分と時間がかかってしまいました」 視線を感じる。アレクおじさんと、女の視線。 「アル、隙を見て後ろの非常階段からエルを連れて逃げろ」 「でも、父さんは」 「たまには父親らしいことをさせろ。私が隙を作る」 どうやらアレクおじさんは捨て身で突貫をかける気らしい。 「…アレクおじさん、駄目」 声を大にして言ったつもりだったのに、ほとんど声にならなかった。 「エル、色々すまなかった。許してくれとは言わない。…だけど、お前の事は実の娘の様に思っていた」 何を言っているのだろう。 それじゃまるで、これから死にに行く人の言葉だ。 アルベルトが私の体を強く抱きしめた。逃げる構えをしたらしい。 私たちは死中に活を見出すべく集中し、息が止まった。 ぱんぱんぱん 気の抜けた音が部屋に響いた。どうやら手を叩く音らしい。 「あー、美しい家族愛は結構だけど、こっちの話も少しは聞いてくれないかしら?別に捕ってどうこうしようってわけじゃないんだから」 さっきの雰囲気とはうってかわって、気楽そうな声が聞こえた。 「私たちはあなたを保護しにきたんです。前の担当責任者があんまりにも横暴だからってさっき罷免されて、その被害を被ってる賞金首たち、 大半は濡れ衣なんですけど、その人たちを保護しに回ってるんです」 ぽかん、と言う効果音が最もこの場にあっているのだろう。 「この建物の怪我人は全て搬送しています。賞金稼ぎたちも拘束済みです。…もっとも、賞金稼ぎで意識のある者はいませんが」 なんだか目を反らしたい気分だった。 ここの四人はともかく、その他大勢は私がやったわけであるし。 「まぁ、流石は『紫電のアレキサンドライト』ってところかしらね」 「え、どうしてそれを」 「馬鹿」 思わずため息をついてしまった。 軍の「能力者」への対応はいい噂を聞かない。できれば隠し通したかったのだけど、馬鹿正直君が反応した。 「そこの女の子、『力』を使い過ぎたってところかしら?」 え、どうしてわかったのだろう。 「ふふ、お姉さんは何でもお見通しよ。大丈夫、弱ってるからって捕って食べようとか考えてないから。もっとも」 ぞくっとする程、冷たい感じがした。 「…やるって言うなら相手になるけど?」 急に心拍数が上がった。 見つめられるだけで殺されるような錯覚。 「…なーんて冗談よ。本気にしないで。からかって悪かったわ」 凍り付いた空気は再び動き出した。 …正直、冗談に聞こえない。 「さて、いつまでもここにいるわけにはいかないわ。とりあえず、聞きたい事もありますので、三人とも本部までご同行願えますか?」
「はい、あーん」 「いいよ、自分でできるから」 「まぁまぁ。たまにはお姉さんに甘えなさいって」 彼女の言うとおり、たまにはいいのかもしれない。 「はい、あーん」 「あーん」 がちっ 「やーい、引っかかった!修行が足りん、愚か者めが」 「…」 バチッ 「いたっ!」 「ごめん、まだ本調子じゃないんだ。勝手に放電するから気を付けて」 バチバチバチ 「…すみませんでした。もうしません。だから、それ何とかして」 「わかればいいのよ、わかれば」 「…それじゃ、ここに置くよ。食べ終わる頃にまたくるから」 部屋には私ひとりしかいなくなった。急に静かになった気がする。
あの夜、エメロードという女の人に導かれ、私らは「こちら側」の軍の本部へと赴いた。 聞きたい事があるとか言っていたけど、実際ちゃんとした質問は別室のアレクおじさんだけだったらしく、同室だった私とアルベルトには、 「ねぇ、君たちは付き合ってるのかな?あんなに熱く抱き合ってたけど」 私は危うく出されたお茶を吹き出すところだった。…もっとも、アルベルトは盛大に吹き出してその後しばらくむせていたけど。 一体何の意味があるのだろう、と考えていたら、 「恋愛のいろはでも教えてあげようかと思ってねー。何でも聞いて」 と返された。 心でも読めるのですか、お姉さん。 でも、帰る時にひとつだけまともな質問をされた。 「シエルちゃん、きっと今日限りで賞金首はなくなるわ…これからどうする?よかったら働き口紹介するけど?」 「…いいえ、大丈夫です。お気遣い、感謝します」 そう言って、私はアルベルトと共に教会に帰った。 教会に帰ってから、あまりのボロボロ具合に、マリは泣きそうな顔をして抱きついてきた。 しかし、そのままベアハッグで動きを封じられた挙げ句、フロントスープレックスまでお見舞いされた。 「やったー!ついにエルから一本とったー!」 …絶対、後で、ぶん殴る。 私の意識はそこで途切れた。 話によると、その後丸一日寝ていたらしい。 あれだけ「力」を暴走させたのだから、無理もない話だ。 その反動か、起きてからもしばらく視界はぼやけたままで、体もうまく動かせない状態だった。 でも、やたらに見舞いが来た事だけは覚えている。 「エル、調子はどうだ?私の方だが…灸を据えられたよ。これからはこそこそではなく、堂々とやりなさい、とね。 これから忙しくなる。体が治って、その気になったら手伝いに来てくれ。大事にな」 アレクおじさんは、実際あの組織の長だったわけだけど、あの噂はこの地域で生きるための力をつけるため、 つまり、横暴な軍に反抗するために行った工作だったという。それでは証拠も見つかるはずもない。 人さらい・人身売買は、「こちら側」の人を「あちら側」の人と会わせる為の、兵器の密造・密売は工業製品を軍の決めたレートより 安く売る為の偽造工作だったと言うわけだ。 もう想像がついているかも知れないが、やはり「足長おじさん」もアレクおじさんだった。 勝手に「こちら側」の人を連れ出した事については叱られたらしいが、 「これからは私たちも及ばずながら助力いたします。ですから、力や恐怖ではなく、信頼でここを治めて下さい。アレクサンダーさん」 と彼のお姉さんに言われたらしい。 で、そのお姉さんはと言うと。 「やっほー、シエルちゃん、元気?やっぱりまだ戻らないみたいね」 なんて、わざわざ教会まで足を運んでくれた。 責任者が出歩いていいものなのですか?なんて疑問を持ったら、 「んー?いいのいいの、そんな事。私、堅苦しいのは嫌いなの。無愛想な無駄にでかい部下に任せてきたから、まぁ大丈夫でしょう」 なんて、マリ並に天真爛漫な生き方をしていらっしゃった。 それから色々と話をしてくれたけど、その中でも心に残ったものがある。 「シエルちゃん、これだけは覚えておいて。 神様は何の意味もなく力を分け与えたりはしないわ。いつかその力が必要になるからこそ…神様はあなたにその力を授けたんでしょうね。 だから、力の使い方を間違っちゃ駄目よ。その力の正しい使い方がわかったら…あなたはまたひとつ、素敵な女の子になってるはずよ」 そして、帰る時にこんなおまけまで残していった。 「これ。もしあっち側に行くつもりなら、これがあれば行けるから。それとあっち側の私の本職の場所ね。 もうすぐ臨時も解任で、あっちに帰るの。街の案内くらいならしてあげるから、連絡ちょうだいね」 どこまでもいい人だった。 声だけで、ちゃんと姿を捉えられなかったのが心残りだったけど、きっと素敵なお姉さんなのだろう。 「それと、彼氏君と仲良くねー。あっちにふたりで来たら、デートスポットもちゃーんと紹介してあげるからねー」 …そして、やたらお節介な人だった。 その他にも、教会の子供たちは毎日のように私の元を訪れては、休む暇もなかなかくれなかった。 何故かは知らないけど、アレクおじさんの組織の人たちも「あんたは命の恩人だ」なんて感謝しにやってきていた。 全く覚えがないのだけど、まぁ、感謝だけは受け取っておいた。
そして時は戻って今。忘れてはならない人がひとり。 「お邪魔するよ。調子はどう?」 「まあまあ、かな。まだ目の方はぼやけているし、体も少し重い。でも、前よりは大分よくなったと思う」 「そう、それはよかった」 彼は私が寝ているベッドの近くの椅子に座った。 「そうだ。はい、これ」 私の手を取って何かを掴ませた。 「…これ、私のラジオ?」 「一応直しはしたけど。ちゃんと聞けるか試してみて」 彼に言われるまま、スイッチを入れ、周波数を合わせる。 ラジオからは、アレクおじさんが新しく立てた会社の様子を伝えるニュースが流れた。 「よかった、ちゃんと直ったみたいだね」 「ええ。ありがとう、アルベルト」 「…ちゃんとアルって呼んでよ」 恥ずかしそうに彼が言った。「アル」とは彼の愛称だ。 どうしてかわからないけど、私は彼の事をアルベルトと呼んでいる。別に理由はいらないけど。 「君さ、ずっと昔にした約束、覚えてる?」 「…ごめん、まだ記憶は曖昧だから」 「ふぅ。まぁ、無理もないか」 一旦言葉を切って、彼は遠くを見た。 私もその視線の先を見た。特に何かあるようには見えなかった。 「ずっと昔ね。僕は君の事を『シエルちゃん』って呼んでたんだ」 「それは覚えてる。ちゃん付けはやめて、呼び捨てでいい、って言った」 「でも、僕は呼び捨てが何か嫌でさ。マリちゃんや父さんみたいに君の事を『エル』って呼んだんだ。 そしたら君は『エルって呼ばないで。それは特別な人しか呼んじゃ駄目』って、そう言ったんだ」 そんな事があったのだろうか。 まぁ、今でも特別な人以外に「エル」と呼ばれたくはないのは事実だ。 「それでさ。どうやったら特別な人にしてくれる?って君に聞いた」 ノイズが走った。なんだか、段々と思い出してきた気がする。 「そしたら君はね、『いつか、この宝物のラジオが壊れたら、それを直して。それができたら、エルって呼んでもいい』って言ったんだよ。 僕はそうなったら、僕の事もちゃんとアルって呼んでね、って付け加えた。そういう約束だったんだけどさ」 かすかにだけど、そう言う記憶が残っている。 …だからだったんだ。あれからなかなか教会に顔を出さなくなったのは。 きっと、どこかの修理屋さんに弟子入りでもしていたのだろう。 「そうか。随分頑張ったんだ。それじゃ、私も約束を守らないと。…でも」 …その約束には続きがあったのに、彼は肝心な所は忘れているらしい。 「もしラジオを直せるようになったら、今度は私に機械のいじり方を教えて、って続きがあったの、覚えている?」 「えっ?」 …本気で覚えてないの?私は勇気を振り絞って言ったのに。 横目で彼を見つめて、ためらいがちに言った。 「私は失業者なの。…ちゃんと責任とってよね、アル」 顔が紅潮する感じがした。…どうして私はこんなに恥ずかしいのだろう。 「え、あ、う、うん。わかった。ちゃんと自立できるまで、僕が責任持って面倒みるから…エル」 ものすごく動揺しているのが手にとってわかるけど、彼もなにげに恥ずかしい事を言っている気がする。 きっと彼の顔も真っ赤になっていると思う。とてもじゃないけど、彼の顔なんて見られない。
―父さんの形見のラジオが、綺麗な音楽を奏でていた。
ずっと昔に。私はもう人並み(幸せ)に生きられないと思った。 でも、幸せなんて、気付かないけどすぐそこにあったし、私の対人恐怖症も少しずつ、ほんの少しずつだけど、克服できるようになってきた。 人は変われるのだと。 いつしか過去を受け入れられるのだと。 周りの人たちに支えられ、私はようやくそれがわかった。
―私は人付き合いにあまり必要性を感じなかった。それはある意味、嫌いの域に入るかも知れない程に。 だけど、今は違う。 私は人付き合いが苦手だ。だけど、人付き合いは嫌いじゃない。いや、むしろ好きの部類に入るくらいだ―
―そして。私はみんなが好きだ。だから、私はこの「力」を、その人たちの為に使おうと思う―
「それが正しい使い方ですよね、エメロードのお姉さん」 山を隔てた遠い地にいる、素敵なお姉さんに向けて、私はそんな言葉をつぶやいた。 |