私のページ(仮)〜So,answer is nowhere〜

棺桶に生きる者達

第二話第五節:血霞の鎌鼬(偽)

「…何をした、カイル」

長い沈黙の末、口を開いたのはシェイドだった。

カイルの周りにはシェイドが投擲したナイフが散らばっている。

その中心にいるカイルは、最初にシェイドと小競り合いをしたときの傷と、最初の投擲で受けた傷、

先程自分でへし折った腕以外、傷というものがなかった。

「…見ての通り、ナイフを叩き落とさせてもらっただけですが?」

焦りの混じるシェイドとは対照的に、平然と言葉を放つカイル。

「それにしても…今日は一体何本仕込んでるんですか?

少なくとも今のだけでは十九は落としました。

先程の鍔迫り合いで数えた限りでは三十三に加えること二。

先ほどは十投げたわけですから、投擲に使えるのは残り四…

つまり、両手に構えているので最後、ということになりますか。どうですか?」

シェイドが少し顔をしかめた。その様子からして、カイルの推測は真実なのだろ。

「相変わらず大した観察力だ」

シェイドはため息をついて四本のナイフを地面に落とした。

「だけど、もうこんな物はなくてもいい。

今のお前に飛び道具が無意味だってことはよくわかった。

…あれだけ投げておいてわかったことが、それだけなのが割に合わなくてしゃくだがな」

ちっ、と舌ならしをして、音もなく一対のナイフを抜いた。

わからないのはリサも同じだった。

直接対峙したシェイド。

蚊帳の外から傍観していたリサ。

その双方のいずれも、否、例え両方を以ってしても理解できないほど、その光景はあまりにも不可解だった。

シェイドが投擲したナイフ。それはカイルに向かって一直線に突き進んでいった。

しかしそれは、いかなる物理法則をも無視しカイルの目の前で緩やかに停止し、彼は先の言葉通りそれを叩き落とした。

「それはよかった。もしトリックがばれてたらどうしようかと思ってました。」

相変わらずカイルは余裕のある態度を崩さない。

「言ってろ。どうせ自分でもわからないくせに」

シェイドが低く構えた。

「はは、そこまでお見通しですか」

一気に距離を詰める。

ひゅん

首の頸動脈を狙った一撃。 

ぐぐっ、と何かに引かれるようにナイフが緩やかに止まる。

「行きますよ」

大きく振りかぶったカイルの左。素早く退くことでそれを回避する。

再びふたりの間に距離が開く。

「…直接ぶつければカラクリが読めると思ったんだが、本人でもわからないものが他人にわかるはずもない、か」

「いえ。自分というものは見えないものの方が多いですよ。

顔も鏡がなければ見えませんし、背中に至っては鏡が二枚あっても見る事に苦労します」

「はっ、別に背中に入れ墨でも入れてるわけじゃないし、何で自分の背中なんて見ようとするんだ」

「若気の至り…という事にでもしておいて下さい…っ!」

気の抜けた話が終わるや否や、今度はカイルから仕掛けた。

もうフェイントなどかけず、強化された体によって加速し、一直線にシェイドに突っ込む。

シェイドが構え、カイルを迎え撃つ。

キンッ

ふたりが交錯し、互いに背を向けるような状況になった。

リサにはカイルがまるでシェイドを通り抜けたかのように見えた。

しかし、どういう当て方をすればそんな音が鳴るのだろう、とリサは思った。

シェイドのナイフはともかくとして、カイルは武器らしい武器は持っていない。

しかし、紛れもなく固いもの同士がぶつかり合ったような甲高い金属音が、辺りに響き渡った。

ぷしゅ

炭酸の気が抜けるような、そんな音。

しかし、その音が発せられたのはガスの漏れる音ではなく。

霧吹きで吹かれたような、真っ赤な『血霞』だった。

「ぐっ」

がくっ、とシェイドが傷口を押さえ、膝を折った。

「どうですか。『鎌鼬』の鎌に切られた感触は」

振り返りもせず、カイルが言う。

ばっ、と振るった手からは血が払われた。

「切られていい気のするやつがどこにいる。生憎俺は痛みに快感を覚える質じゃない」

勢いをつけてシェイドが立ち上がる。肩口の服が切れて血が滲んでいるにも関わらず、出血している様子がない。

「気付いた時には既に切られている。しかし、傷は塞がっている、か。まさに『鎌鼬』だ」

シェイドがローブを脱ぎ捨てる。

「全く、防刃繊維のローブをこうも易々切られるなんてな。

俺のナイフよりよっぽど切れ味がいいなんて、ますますしゃくだ」

「いえ。僕はナイフまでは切れませんでした。

その気になれば同じナイフを切る、と言うより砕けるあなたのナイフの方が、よっぽどすごいと思いますけどね」

「あれはただナイフが頑丈なだけだ。砕くのは俺の技能に因る方が大きい」

「…一度握力を測ってみて貰いたくなりました」

「ならお前の頭で測ってやるよ…っ!」

ふたり同時に地を蹴る。再びふたりが交錯する。

キンッ

ぷしゅ

再びあの甲高い金属音と、気の抜ける音が鳴った。

しかし、その金属音はどんどん遠ざかって―リサから見れば近付いて―いった。

カンッカランカラン

宙を舞ったナイフはリサのすぐ横に落ちた。

だが、リサは一瞬たりともふたりの戦いからは目を反らさなかった。

何故なら、そのナイフは『飛ばされた』のではなく、『飛ばさせられた』のだから。

「っ!」

受け止められる前提で放った一撃。

しかしシェイドは守りを放棄してあえてそれを受け入れた。

何の抵抗もなく攻撃を受けられたカイルが体勢を崩し動揺する。

互いに触れ合いそうな程顔が接近した。

「あっ!」

突如としてカイルの視線が焦点を失ったかのようにさ迷った。

「いかなお前と言えど、アレだけ近距離で、それもここまで強烈にかけられたら、これからは逃れられない」



―視線を合わせることで相手を催眠状態にし、相手から視覚を、場合によっては他の感覚すらも奪う。

 それを受けたものはさながら、一筋の光もない闇に包まれた感覚に陥る。

 それが、シェイド・クルセイドが『漆黒(ダークネス)』たる所以―



カイルは、今文字通り『漆黒』の中にいた。

「あああああっ!」

すぐそこにいるのに捉えられない相手に対し、カイルはがむしゃらに拳を振るった。

「遅いっ!」

だが、その攻撃がシェイドに届くことはなかった。

ナイフを捨てた左手で、カイルの顔を鷲掴みにする。シェイドの目が一層漆黒に染まる。

「ああああ!」

シェイドの咆吼。

次の瞬間、カイルの体は宙に浮き、そのまま勢いよく固い地面に叩きつけられた。

ゴッ

鈍い音がしたな、と他人事のようにカイルには感じられた。

シェイドは力を緩めない。

再びカイルを持ち上げたと思うと、今度は反対側に叩きつける。

今度はその逆、その次はまたその逆。

何度目かの叩きつけ。勢いをつけたシェイドの手からカイルがすっぽ抜け、カイルは地面に投げ出された。

地面に倒れたカイルは、微動だにしなかった。

シェイドの体中は血にまみれている。黒で統一された服が赤く染まりそうな程に。

先のカイルにナイフで刺された傷と『鎌鼬』で切られた傷が開いたようだ。

加えてカイルの返り血まで浴びたのだから無理もない、とシェイドは思った。

リサを見た。そしてシェイドは思う。

あれだけのものを見ておきながら叫び声ひとつあげなかったとは、強いやつだ、と。

だが、その泣きそうな顔を見れば、彼女がカイルに対して好意を持っていたのは明らかだ、と。

そして、その命を自らの手で奪ってしまった自分を、彼女はどう罵るだろうか、と。

「…立会人。決着だろ、これ…で」

くらっ、とシェイドは足が崩れそうになるのを耐えた。

あるいは長時間COLORSを使い続けたためか。

あるいは片手で人間を振り回すという暴挙を続けたためか。

あるいは、かつて、否、今も家族と信じるものを手にかけたためか。

シェイドは今にも倒れそうだった。

そんな状態だったから、シェイドにはよく聞こえなかった。

リサが、今にも泣きそうな目をしながら、シェイドに言った言葉が。

「悪い…はっきり言ってくれないか」

ぐっ、と涙をこらえ、リサは真っ直ぐにシェイドを見て言った。

「まだ」

「終わってません」

後ろを振り向く。

決死の覚悟で殺したはずの家族を見て、シェイドは何を思ったのか。

「この、馬鹿力女」

それが多分、彼が彼女に対して初めて意識して口にした、些細な悪口。

立ち上がったカイルは頭から血を流している。その血は彼の金髪、そして顔を赤く染めていた。

服は土埃にまみれていて、体の所々には擦傷があるとは言っても、頭の出血に比べれば些末なものである。

シェイドは違和感を覚えた。働かない頭を動かして、思考した。

果たして。あの程度の傷で、自分の体中が血まみれになる程、返り血を浴びるだろうか、と。

答えはすぐに出た。と言うより、彼によって出された。

ぱしゅ

先程よりも規模の大きさを感じさせる音。それでも気が抜ける音には変わりないと思った。

今、自分の全身からは血が噴き出している。シェイドはそう自覚した。

視界を奪われた上、顔を鷲掴みにされ、視界を遮られていたカイルには見えなかった。

ただカイルを振り回し、叩きつけていたシェイドは気付けなかった。

ただそれを傍観していたリサだけは、その光景を目の当たりにした。

振り回されている間中、カイルはシェイドを『鎌鼬』で刻み続けていた光景を。

そしてカイルが、それに気付かなかったシェイドに叩きつけ続けられた光景を。

そして今、その塞がっていたはずの傷口が一斉に開き、『血霞』が吹き出した。

血霞は一瞬で止まった。

しかしシェイドは先からの出血でおそらく貧血寸前、下手をすればこのまま出血多量で死ぬかもしれない状況。

対するカイルとて無事ではない。

下手をすれば頭へのダメージが脳へと伝わり、脳へのダメージが体のどこかに異常をきたしているかもしれない。

事実、カイルの目は虚ろで、シェイドを見てはいるものの、完全に捉えられてはいない。

リサは見守る事しか出来なかった。

ただ血まみれになって立ちつくす、ふたりの勝負の行方を。



どれだけ時間が経ったのだろう。

瞬きすることさえ忘れて、ふたりを見守り続けた気がする。

ひょっとしたら、ふたりとももう意識がないのかも知れない。

だったら、早く手当をしないと命が危ないかもしれない。

そう思い立ったリサが、一歩足を踏み出した。

じゃり

その、一瞬だった。

ひゅっ

ドン

「…」

言葉が出なかった。ただただ魅入っていた。

月に照らされた、赤く染まったふたりの姿に。

「…正直、お前がここまでやるとは思わなかった」

「…いえ。相変わらずあなたは強いです。いや、あの時よりも、ずっと強くなったと思います」

ずるっ

「…でも、これで終わりですね」

「…ああ」

カイルがリサの方を見て、何やら口を動かした。リサはうなずいた。

ぐらり、と体が揺れ、相手に倒れ込む。

倒れ込む体を支えたかと思うと、もう片方も倒れ込む。

リサは慌てて駆け寄り、ふたりを支えた。



長い長い夜の家族喧嘩は、こうして幕を下ろした。




第六節に続く
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