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棺桶に生きる者達

第一話:棺桶に生きる者達

「失礼します」

女性のはっきりとした声が、あまり広くない部屋の中に響いた。

「本日付でこの部署に配属になりました、リサ・アサダ少尉です。よろしくお願いします」

部屋の中には、彼女を含め三人の人間がいた。

「あぁ、君が新しい配属の人?なかなかかわいいじゃん」

四角形に並べられた机の、左側に座っていた男が、リサに近付いて話しかけた。

「ほらほら、大尉。目に付く女性をいちいち口説かない」

少し動揺していたリサに、もう一人の男性が話し掛けた。

「初めまして、少尉。カイル・クルセイド。中尉です」

そういって、カイルはリサと握手をした。

「んで、俺はグリード・エルメス。階級は大尉。よろしく」

ちょっと警戒しつつも、グリードとも握手をした。

「本当なら、もう一人、この部署の責任者がいるんだけど…今はちょっと出かけてるな。

まぁ、そのうち帰ってくるだろ。あ、君の席ここだから」

そう言われてグリードの案内された席は、一番手前の机だった。その机は見るからに使い古しであった。

「あの、失礼ですが、つい最近まで誰かが前にこの机を使ってたんですか?」

リサ言葉に、二人がぴくっと反応した。

「君、何も聞いてないの?」

「何もって…何をですか?」

「この部署のこと」

リサは少し考えた。

「構成人数三名。主な仕事は街の治安維持。また、警察の手に負えない凶悪事件の対処。それから…」

「いーや、もういい。そういうことじゃなくて」

グリードが手をひらひらさせて、リサの言葉を遮った。

「本当に何も聞いてないんだね。この部署」

「グリード、女を呼び込む暇があったら、さっさと仕事をしろ」

リサは後ろから聞こえた声に振り返った。戸の所には、かなり長身でがっしりとした男性が立っていた。

その右手には細長いケースが握られていた。

「違いますよ、大佐。彼女は今日から配属になった人ですよ」

カイルが説明する。

「本日付でこの部署に配属になりました、リサ・アサダ少尉です。よろしくお願いします」

リサはさっきと全く同じ事を言った。

「リオン・クロスレイド。大佐だ。その机は前に使っていたものがいたが、何か問題でも?」

「いえ、そういうつもりじゃ…」

「なら文句を言わずに使うことだ。生憎だが、ここの扱いはあまりいいものではないからな」

リオンはリサの横を通り過ぎ、一番奥の自分の席から書類を取り出した。

「グリードもいちいち余計なことを言うな。いつの話だ」

誰から見ても、リオンは明らかにいらだっていた。

「すみません、大佐」

「謝る暇があったら仕事をしろ。新入り、お前はとりあえず二人の手伝いをしろ」

そういい残して、リオンは部屋を出て行った。リサは、自分を素人扱いするリオンに不快感を持った。

「すみませんね、少尉。大佐も悪い人じゃないんですけど。タイミングが悪かったんですよ」

カイルの言葉を聞きつつも、リサはこの部署のことを考えていた。

「あの、この部署のことって…」

「悪い。あれはまた今度にしてくれ。それより、仕事を手伝ってくれないか?」

リサはうまく流されたような気がしたが、今は自分に与えられた仕事をすべきだと思い、書類に目を通した。



町の外れの、小さな墓地。そこに一人の男が立っていた。

「今日、お前の穴埋めが来た。お前の机はもうそいつのものだ」

周りには誰もいない。男は墓に向かって話し掛けていた。

「早いものだな。もう半年も経ったなんてな。もう忘れ始めたか、街の奴等は。どうだろうな、エリス」

夕日に染まった墓地に、一陣の風が吹いた。



「おはようございます」

リサは、昨日と同じように部署に入った。

「おはようございます」

挨拶を返したのはカイルだった。カイル以外の人は見当たらない。

「あの、他の二人は?」

「大尉はまだ寝ています。だって、まだ七時でしょう?」

その言葉に、リサは思わず、はぁ?と言った。

「まだって…そんなでいいんですか?」

リサはバン、っと机を叩き、そして、

「起こしてきます」

そういって部屋を出ようとした。

「ちょ、待って下さい」

慌ててカイルが止めた。

「大尉はどちらかと言えば夜行性なんです。この部署はただでさえ人がいないから、

少しずつ時間をずらす必要があるんです」

なるほど、ととりあえずリサが納得して席に戻ったので、カイルはそのままポットのあるほうに歩き出した。

「失礼ですが、少尉は何歳ですか?」

コーヒーを差し出して、カイルがたずねた。

「あ、どうも。…今年で二十一です。それが何か?」

カイルは自分のコーヒーになみなみと砂糖とミルクを入れていた。

「軍人…ってあまり正しい表現じゃないかと思いますが、なったのは?」

「二年前です」

「二年で少尉ですか。随分と頑張ってらっしゃるんですね」

そして、カイルは見るからに甘すぎるコーヒーをごく普通に飲んだ。

「いえ、たまたま捕まえたのが、犯罪組織とつながりがあったりして。 運がいいだけですよ」

リサは少し照れくさそうに笑った。

「なんとなく、あなたがここに来た理由がわかった気がします」

えっ、と、リサは顔を上げたカイルを見た。カイルはカップの底のコーヒーを飲もう上を向いていた。

そして、一息はいて、リサに向き直った。

「僕が軍人になったのは、三、四年前です。そしてその次の年、ひとりの将校がここに来ました。

あなたと同じ、二十一でした。彼は以前、中北部にいました。そこの部署は、彼より十も二十も年上の人ばかりでした」

リサは、言いたいことがよくわからず、首をかしげた。

「あなたがいた、中東部もおそらく、あなたより年上の人ばかりだったんじゃないですか?」

リサは固まってしまった。自分の部署について何ひとつ言った覚えがなかったのに、カイルに言い当てられたからだ。

「あ、当たりました?言っておきますが、調べてはないですよ」

そうやって微笑んでいるカイルは、子供のように無邪気だった。

「部署は、あなたの名前から。東部にあるような名前ですよね?それで、周りの人。

…多分、彼と同じなんだと思いましたから」

「何がですか?」

「左遷されたんですよ。」

リサは再び固まった。

「すみません。少し語弊があったかもしれません。

けど、ここに来る人はたいてい、若くして将校になった人ばかりですから」

カイルは自分のカップを洗いだした。

「軍とか警察とかってのは、実力主義というか。事件なんかを解決すればするほど、位が上がっていきます。

わかりますよね?」

リサはゆっくりとうなずいた。

「だけど、当たり前にそんなことはなかなかない。四十五十になっても少尉にだってなれない人もいる。

そういう人は、彼らのような人を好むはずがない」

カップの水を切って、話を続ける。

「だから、『能力優秀』と上に伝え、自分の前から消すんですよ。この中西部第四課に送って」

「で、でも何でこの部署なんですか!」

リサは耐えられなくなって、机をたたいて立ち上がった。カップが倒れて、残っていたコーヒーがこぼれた。

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。」

そういって雑巾をリサに手渡す。リサはしぶしぶ受け取ってこぼれたコーヒーを拭いた。

「この部署の通称を知りませんか?」

いいえ、と無愛想に答える。

「軍に入って二年目なのに。きっと誰も教えようとしなかったんでしょうね。あなたがここに来ることを予想して」

「もったいぶらないで教えてください!」

リサの苛立ちもかなりのものになった。

「…中西部第四課、通称…」

窓の外を見ていたカイルが、リサに向き直った。

「棺桶」

リサはその言葉に手に握っていた雑巾を落とした。

ジリリリリリリ……電話の音が部屋に鳴り響いた。

「はい、こちら第四課。…はい、わかりました、すぐ行きます」

なにやら短い会話だったが、カイルの目は鋭くなっていた。

「おい、何の電話だ、カイル!」

さっき寝ていると話されたグリードが、戸の近くに立っていた。

「例の奴のようです。場所はここです」

紙をちぎってグリードに渡す。

「わかった。大佐に連絡しといてくれ。少尉、行くぞ!」

「あ、え、は、はい!」

二人が車で出て行ったのを見ると、カイルは事件のあった場所とは正反対の方向に走り出した。



車の助手席でも、リサはカイルに言われた事を考えていた。

(棺桶…)

「少尉!」

「は、はい!」

グリードの大声で現実に引き戻された。

「あんた、死体見ても平気か?」

「殺人事件なら、いくつか捜査に関わったことがありますが」

「それはあくまで『普通』だろ?」

リサはなんだかけなされたようでむっとした。

「じゃあ、今回のは普通じゃないって事ですか?」

グリードは相変わらず険しい顔をしている。

「内臓がぶちまけられた死体を見ても吐かずに、昼飯一緒に食えるなら、見るのは止めないぜ」

リサは少し血の気が引いた。

「なんて言ってる間についちまった。どうする?」

「…行きます」

二人は車を降りた。現場にはかなりの人だかりができていた。

「ご苦労。第一発見者は?」

グリードが警官と話をしている間に、リサは路地裏の暗がりに入った。

そこには、ビニールシートがかけられていた。リサの頭の中に様々な思いがよぎった。

気がつけば、ビニールシートの端を握っていた。

「やめておけ。お前じゃ今日一日は飯が喉を通らんぞ」

びくっ、と驚いて振り返ると、リオンが立っていた。

「馬鹿にしないで下さい、大佐。要請があったなら、私にも見る義務があると思います」

リオンは顔に手を当て、ため息をついた。

「なら止めん。だが、吐くなら現場の外にしろ」

リオンはビニールシートの掴むと、一気に引き剥がした。

「!!…」

あまりのすさまじさに、リサの意識はそこで途切れた。



かろうじて、人の型を留めていた。だが、その死体は目球が抉られていて、手も足もなく…

「ああ!!」

飛び起きると、四課のソファーの上に寝ていた。

「あ、気がつきましたか、少尉。大丈夫ですか?」

リサはかなり混乱していた。頭を抱えて、何があったか思い出そうとした。

「大尉の車で現場に行って、路地に入って、大佐が来て」

「ストップ」

グリードの一言で、リサの思考は止まった。

「それ以上は止めときな。せっかくの昼飯が喉を通らなくなるぜ?」

時計を見てみると、もう昼近くだった。

「私、そんなに寝ていたんですか?」

「だから、止めておけと言ったんだ」

三人より二メートルほど離れた壁に、リオンは寄りかかっていた。

「吐く前に倒れるか。賢明と言えば賢明か。だが、所詮女だな」

「性別は関係ないでしょう!?」

リオンの言葉にリサは心底腹が立った。カッ、カッ、と一歩ずつリオンは歩き出した。

そしてリサの目の前に立つと、襟元を掴んで片手でリサを持ち上げた。二人の身長差はなくなった。

「とにかく、お前は今回の件から外す。しばらく資料でも整理していろ。いいな?」

リオンの目と口調には、とてつもない威圧感があった。

「で、でも」

「問答無用だ!!」

リオンはリサをソファーに叩き付けて、部屋から出て行った。

「ちょ、ちょっと、大佐!」

グリードはリオンの後を追いかけた。

「大丈夫ですか?少尉」

返事がないので、カイルはリサの顔をのぞき込んだ。

「…もう少し、休んでて下さい。それでは」

カイルも部屋を出た。人がいなくなったことを確認すると、リサは泣き出した。

膝を抱え、必死に声を出すまいと歯を食いしばって。



「大佐!あれはないでしょう!なぁ、ダンナ!」

何度言っても、リオンはグリードの方を振り返らない。

後から追いかけてきたカイルが、グリードの肩を掴んだ。振り返ったグリードに、カイルは首を横に振った。

「あれは…きっと大佐なりの気の使い方なんでしょう。…とりあえず今は僕らのなすべきことをしましょう」

「…ああ、わかったよ。そんじゃ、昼飯でも食いに行くか」

どこかへ行くリオンをよそに、二人は食堂へ向かった。

二人が遠ざかったのを感じたリオンは、立ち止まり、思いっきり壁を殴りつけた。

ぼろぼろと、コンクリートの壁はあっけなくひびが入り、はげ落ちた。

「…なんだって、あいつのこと思い出すんだ…くそ!」

リオンは最早癖となった、頭に手を当ててため息を吐くという行動を取った。



「すみません、迷惑をおかけして」

しばらくして、リサは食堂へとやって来た。そして、料理を持って二人の前に座った。

「気にすんなって。大佐も大佐だよな。ありゃやりすぎだよ、全く…」

肉を食べながら、グリードがぶつくさ言った。

「少尉、気を落とさないで下さいね。今回は事件が事件なので」

「あの、聞きたいことがあるんですけど」

二人は、んっ?とリサを見た。

「なんで…この部署の通称が『棺桶』なんですか?」

「おい、カイル!お前少尉に何か変なこと吹き込んだだろ!」

罰だ、と言ってカイルの皿に残っていた肉を奪って食べた。

「あー。せっかく残しておいたのに…」

「真面目に聞いてくれませんか?下手に気をつかわなくていいですから」

二人はぴたっと動きを止めた。リサは真剣そのものだった。

はぁ、と重い口を先に開いたのはグリードだった。

「今か隠したところで、どうせ後でわかることだな。だけど、飯食ってる時にする話じゃないよな。部署で待ってる」

グリードはよくかんで食えよ、と言い残し、食器を返して食堂を出た。

「それと、カイルさん」

グリードの後ろ姿を見ていたカイルは、階級で呼ばれなかったことを不思議に思いながら、振り返った。

「…さっきは、ありがとうございました」

カイルは、ぽりぽりとほっぺたを指でかいた。

「僕はお礼を言われるようなことをした覚えはないですよ。それじゃあ、失礼します」

去っていくカイルの姿を見て、照れ隠しなのか、本当にその気がないのか考えた。

でも、とりあえず昼食を食べることにした。グリードに言われたとおり、よくかんで。



「おう、来たな。とりあえず座ってくれ」

リサは言われるままに席についた。

「そんじゃ、始めるか。何でこの部署が棺桶と呼ばれるのか。単刀直入に言えば、殉職者が多いんだよ」

「それだけ、ですか?」

ちょっと気が抜ける。

「そう、それだけ。ただし、殉職者の平均年齢は二十三歳前後。

他の地域の四、五倍は死んでる。記録によれば、新人は二年以内に殉職するか、自らやめるって話だ。

これは直接関係ないが、管轄下での殺人も異様に多い。それも猟奇殺人が三割近くだな」

リサから言葉が失われた。あっけに取られているようだった。少し血の気も引いている。

「じゃあ、カイルさんが話した人も…」

「…ええ。みんないなくなりました。残っているのは僕ら三人だけです」

「まぁ、大佐や俺らが来てから数年は、だいぶマシになった。…半年前の事件以外は」

空気が重くなるのを誰もが感じた。

「大尉、ここからは僕が話します」

グリードはソファーに座って、手を組み顔にあてた。

「少尉が最初にここに来た時、言いましたよね?この机、前に誰かが使ってたのかって」

はい、とうなずく。

「その机は…半年前に殉職した、エリス・エメロード中佐、いえ殉職で准将ですね。その人が使ってたんです。

当時、その事件で二十六人が殺されました。一ヶ月で。」

リサの目が大きく見開かれた。

「そんな話…聞いたこと、ないです…」

「無理もないですよ。犯人は、軍の人間でしたから。あ、そうらしかったですから」

リサの目がさらに大きく見開かれた。

「捕まらないわけですよ。なんせ、作戦、交代時間、その他全て筒抜けだったんですから。

けど、中、じゃなくて准将はうすうす感付いていたようでした。」

中佐でいいだろ、とグリードに言われたので、話が少し切れる。

「そこで、四課で極秘に事を進めました。女性しか狙わない犯人でしたから。中佐がおとり捜査をしたんです。

他の部署に別の場所を警戒させて。中佐の変装はかなりのものでしたよ」

無言の部屋にカイルのため息が響く。

「捜査は成功し、犯人は見事にかかりました。…ですがその際に中佐は」

「いつから上官の命令を無視してべらべら話せるほど偉くなったんだ?カイル」

三人が驚いて声の方を見ると、リオンが立っていた。

「盗み聞きなんて、趣味が悪いですよ、大佐…」

「何度言わせれば気が済む?ここでは、いや、軍では人の死など日常茶飯事だ。いちいち振り返ってはきりがない」

「…本気で言ってるんですか?」

カイルの声には、静かだが、激しい怒りが込められていた。

「カイル、グリード、外してくれ。少尉に話がある」

「質問に答えてください!」

カイルは闘争心を剥き出しにして、リオンに飛びかかろうとしていた。

どすっ。

グリードがカイルに当て身をした。カイルはグリードに倒れこんだ。

「グリード、すまないな」

グリードはカイルを肩で持った。

「ダンナ、どういうつもりだい?いつもの大佐らしくないぜ」

バタンッ、と乱暴に戸が閉められた。室内はリオンとリサだけになった。

「あの」

「少尉、聞きたい事はたくさんあるだろうが、先に言っておく事がある。

中西部の全部署で、今回の犯人の捜査をすることになった。が、少尉はメンバーから外れた。

次の作戦には参加しなくていい」

「どういうことですか!」

二十センチ以上身長差があるため、リサはかなり見上げる必要があった。

リオンはまた、ため息を頭に手を当てた状態でした。

「簡単な理由だ。軍に二年しかいないようなものに、現場で失敗され、犯人に逃げられては困るからな」

この時、リサの怒りは最高潮に達した。

「素人扱いしないで下さい!」

「死体を見たぐらいで失神するような女が図に乗るな!」

リオンの声が部屋は静寂に包まれた。リオンはまたため息をついた。

「少尉、お前はどうして軍人になったんだ?」

目線を下げていたリサは、その質問で再びリオンの顔を見た。

「…大切な人たちを守りたいから。不幸な目にあっている人たちの為に何かしたいから…です」

リサはリオンから視線を外した。

「例え、人を殺したとしてもか?」

リサは答えない。リオンはさらにため息をつく。

「不幸な奴を救いたいんだったら、軍人なんかよりも政治家になるべきだな。

軍人は時として、むしろ人を不幸にしている。上の命令は絶対だ。例え、人の道を外れたとしても…」

リサはあいからず視線をそらしたままだ。

「…どうしても捜査を行いたいのなら、条件がある」

その言葉で、リサはようやく視線を戻した。

「そいつは置いていけ。あと軍の身分証もな」

リオンが指差したのは、階級を示すバッジだった。

「軍人ではなく、一人の市民としてなら、俺は何も言わん。ただ、でしゃばると公務執行妨害で捕まるがな。

軍の身分証がなければ、ほとんどの軍事機関は利用できない。それだけの覚悟があるのなら」

最後まで言い切る前に、リサはバッジと身分証をリオンに押し付けた。

「失礼します」

そう言い残して、リサは部屋を出ていった。

リオンは渡されたものを見つめ、ポケットに突っ込んで、自分の席に座った。



リサが部署に来なくなり、数日が経過した。その間に、例の事件は起きなかった。

だが、犯人は未だに捕まっていなかった。



部屋の中には、相変わらず、三人しかいなかった。

誰一人として、口を開かなかった。

ただ、静寂な時間だけ過ぎていた。

「…大佐、やっぱり、言い過ぎたんじゃ?」

沈黙を破ったのは、グリードだった。

「いくら彼女を危険な目のあわせたくないからって、あれはないでしょ?」

リオンは聞いているのかいないのか、固く目を閉ざし、腕を組んで椅子にもたれかかっていた。

「大尉、もうそろそろ日が暮れます。今日はこれくらいにしましょう…」

カイルの言葉で、グリードは渋々席を立つ。

「とにかく、どうにかして下さいよ、ダンナ」

二人は部屋を出て行った。

「今夜…だな」

リオンは壁に立てかけていたケースを握りしめ、颯爽と部屋を出て行った。部屋は再び静寂に包まれた。



「きっと、今夜」

リサは、閉館となった図書館を後にして、ある地点へと歩き始めた。辺りはすっかり暗くなっていた。

(犯人を捕まえて、大佐を見返してやるんだから…)

数分歩くと、目的地に着いた。

(予想が正しければ、ここにくるはず…)

物陰に隠れて、辺りをうかがった。数分たっても、誰一人としてその場を通り過ぎる人はいなかった。

(おかしい…読みが外れたかな?)

ぐすっ、と鼻をすすった。かすかな匂いに、リサは気付いた。

(何?この匂い…)

思わず振り返ると、頭上より高いところで刃物が光るのが見えた。

キンッ

火花が散った。間一髪、避けることができた。

(痛い…)

だが、ふくらはぎを切られた。

そしてこの時、リサは唯一の武器である拳銃を落としたことと、自分の声が出ないことに気付いた。

(どうして?ひょっとして、さっきのあの匂いのせい?)

原因を見つける暇はなかった。血の流れる右足を引きずって、必死に逃げた。

しかし、かの人はもうすぐ後ろに来ていた。

ばかでかい鉈を振るのが見えた。明らかに首を狙っていた。

ぶんっ

その一撃は、リサの髪をわずかに切っただけに終わった。

運良く、つまずいて転んで、かわすことができた。それと同時に、足をくじいてしまった。

ほんの少しだけ、恐怖が長引いただけだった。

(もう、だめ…おとなしく大佐の言うこと、聞いておくべきだった。今となっては、もう後の祭りか…)

リサは、死を覚悟して、目を固く閉ざした。最後に目に映ったのは、殺人鬼が持っていた包丁だけだった。



言葉で言い表せないような、鈍い音がした。



もう痛ささえ感じない。死ぬってこんな感じなのかな。



「だから、止めておけと言ったんだ」

どこかで聞いた声に反応し、リサはおそるおそる目を開けた。

先ほどまで見返してやろうと思ったり、素直に言うとおりにしておけばと思った張本人が、目の前で自分をかばっていた。

(た、大佐!)

リサの声はまだ戻らない。よく見ると、左腕から流血していた。

「すぐ終わる。少し離れていろ。」

言われるがままに、足を引きずりなるべく離れる。



リオンと殺人鬼とは二、三メートルの距離があった。

リオンは、右手に握っていたケースを剥ぎ取った。

中からでてきたのは、刀だった。ゆうに百五十センチを超える、今まで見たことのない長い刀だった。

だが、リオンの抜刀の仕方は、それこそ今まで見たことのないものだった。

はたして、あんな刀が抜けるのだろうかと思ったリサは、あっけに取られた。

殺人鬼がリオンに切りかかろうと両手の刃物を構え走ってきた。

刀を上に振る。遠心力で鞘は遥か上空へと飛んだ。

普通の状況なら、飛んだ鞘を眺めていただろう。しかし、リサは二人から目を離さなかった。



キンッ



そんな金属のぶつかる音がしたのは、一瞬だった。

殺人鬼の刃物が、叩き折られ、辺りに転がった。

殺人鬼が驚いている一瞬の間に、リオンは刀の柄でみぞおちに躊躇わず当て身を食らわした。

食らった相手は数メートル吹っ飛んだ。

リオンが刀を上に向ける。寸分たがわず刀は落ちてきた鞘におさまった。リサは再びあっけに取られる。

「大丈夫か、少尉」

先ほどと変わらぬ口調で、リオンはリサに手を差し伸べた。

「…すみません、大佐。素人なのにでしゃばったりして…」

やっと自分の声が戻った。

「いや、謝るのは俺の方だ」

え、とリサは意外そうな顔をした。

「そこまでやる気があるんだったら、軟禁でもしておくべきだった。怪我をしているしな。

それと、メンバーから外されたと言うのは、嘘だ。ああ言えば諦めると思ったのでな。すまなかった」

リサは、ものすごく複雑な気分だった。そんな気分が顔に表れそうになるころ、辺りには警官達が集まりだしていた。

「後は、あいつらに任せるとするか…一応、病院に行った方がいい。立てるか?」

「ちょっと、無理です」

「…仕方ない」

リオンはリサを持ち上げた。

「ちょ、ちょっと、大佐」

「暴れるな、血がつくぞ」

リオンの左腕からは相変わらず血が流れていた。

「大佐、腕、大丈夫ですか?」

リオンは自分の傷を見た。

「心配するな、かすり傷だ」

そうして二人は病院へ向かった。



「おはようございます」

いつかの日と同じ挨拶が部屋に響いた。

「ひさしぶりだな、少尉」

「もう怪我、大丈夫なんですか?」

「ええ、もう大丈夫です」

みんなに歓迎されながら、再びリサは第四課へ帰って来た。

「少尉、こっちに来い」

リオンに呼ばれ、リサは一番奥の席に向かった。

「預かっていた物だ。返す。」

リオンに渡された身分証とバッジを見た。リサはある変化に気付いた。バッジの線が一本増えていた。

「大佐、これ…」

「この間の事件の功績が認められた。今日からは中尉だ。これからも頑張ってくれ」

リサは手が震えた。目には嬉し涙が浮かんでいた。

「はい!ありがとうございます!」

リサは深々と頭を下げた。

「ただし」

えっ、と驚いて顔を上げる。

「命令違反は、程々にしろ。以上!」

カイルとグリードは笑いをこらえている。

「はい!今後気をつけます!」

四人の顔に笑顔が浮かぶ。



それが、私のみんなとの出会い。

そして、これから私が巻き込まれる数々の出来事の始まりだった。

私は、今日も生きている。

『棺桶』と呼ばれたこの場所で

仲間達とともに…




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